Subscribed unsubscribe Subscribe Subscribe

大学対抗テニス王座→甲子園

at Kyoto -学生テニスヲタク-

自分の理解者って親であるとは限らない

こんばんわ!今日の暑さは少しマシだった気がします。

 

 

今日は研究室の教授と2人でゆっくりとお話をさせていただける時間があり、

今後の進路について、私の直さなくてはならない点

 

 

 

 

 

 

 

 

伸びしろですねええええええええええええええ

 

 

 

 

 

などをじっくりとお話しさせていただきました。

アドバイスをいただいた中で、印象に残った言葉を挙げておきたいと思います。

 

まずは、今回の記事のテーマでもある「自分の理解者って親であるとは限らない」という言葉です。私が一番将来や現在について相談できるのは、祖父母なんですが、それは変なことなのかと尋ねた際に、いただいた言葉です。

 

 

あたりを見回せば、両親との溝がどうしても埋まらない人であったり、正直仲が良くない人が大勢いると思います。私も例外ではありません。

 

けれど、そういう人には一人は必ず何でも話せる人っていると思うんです。別に親だから自分をすべて理解できるというわけではなくて(もちろん意思疎通ができているのが理想だが)、自分を理解してくれる人は他にいる場合もあって、そんな人は大切にしないといけないなぁと思った瞬間でした。

 

 

そしてもう一つ、「愛情表現の方法は人の数だけあって、愛情を受けているかは必ずしも気づいているわけではない。」という言葉です。

 

沢山の子供が満足に両親からの愛情を受けてこなかったり、現在も「もっと両親から認められたい・愛情がほしい」と心の底で思っている人って案外多いと思うんです。けれど、決してお金を満足に与えることであったり、言葉で愛情表現をしたり、そんな愛情表現が全てなわけではないんですよね。

 

家庭の数だけ、愛情表現の形があるから、自分は気づいていないだけでとても大きな愛情を受けている、そんな人も大勢いると思います。

 

 

家族関係や人間関係で悩むことって誰しもあると思うんですが、少しの気づきで心もちって大きく変わるものだと思いました。

 

 

 

 

あ~~~~~クーラーーーー涼しーーーー

クーラーを効かせた中で、布団で眠るっていいですね!

 

 

 

Remove all ads